どの国が好きですか?どの街が好きですか?
思春期の頃、夜のラジオから流れる《ジェットストリーム》が好きでした。
城達也さんの、あの甘く深い声。そして遠くに聞こえる飛行機の音。
まだ見ぬ世界へと、少年の想像をやさしく連れ出してくれる時間でした。
当時は「ハワイに行けるクイズ番組」が人気で、“海外”という言葉は、まだ夢と憧れの象徴でした。そんな世界を夢見ていた少年は、やがて大人になり、初めての海外便に心を揺らしながら、未知の空へと飛び立ちました。
気づけば半世紀。
仕事で、プライベートで、数えきれないほどの国を訪れ、気がつくと“世界”はすっかり身近な存在になっていました。
記憶の奥に残る街 ― プラハ(チェコ)
「どの国が好き?」と聞かれると、答えはたくさんあります。
それぞれに光る魅力があって、決めるのは難しいものです。
でも特に印象深い街を挙げるなら──
私はプラハとタンジェの名を挙げたいと思います。
若き日、まだチェコスロバキアと呼ばれていた頃。
バックパックを背負い、数か月ヨーロッパを巡る旅の途中で、冷戦時代の“東側”という高い壁を越えて辿り着いたのが、プラハでした。
そこに広がっていたのは、まるで時間が止まったような中世の街。
石畳の道に、整然と並ぶ古い建物。
木と紙と瓦の国で育った私には、それがまるで異世界のようで、胸が熱くなるほどの感動を覚えました。
橋を渡ると丘の上に古城が見え、薄明の空にそのシルエットが浮かぶ光景は、今でも脳裏に焼き付いています。
質素なホテル、東欧の煮込み料理、そしてどこか影のある人々の表情。
あの時代の“静かな美しさ”が、今も忘れられません。

海と空とミントティー ― タンジェ(モロッコ)
もうひとつの街、モロッコのタンジェ。
マラケシュやカサブランカほど有名ではありませんが、この港町には独特の香りとリズムがありました。
初めて訪れたのは深夜のフライト。
交通の便もなく、偶然出会った団体のバスに拾ってもらい市街地へ。
ようやく辿り着いたホテルで、夜明けとともに響いたのが――
あのアザーン。
街中の塔から流れる祈りの声に、「本当にアラブの国に来たんだ」と胸が高鳴りました。
二度目の訪問はスペイン・アルヘシラスからフェリーで。
大部屋の普通船室に揺られ、夜の海を渡ってタンジェへ。
モロッコ人たちのざわめき、入国審査の列、そして「日本人?」と笑顔で話しかけてくれた人々。その温かさに、不思議な安心感を覚えました。
そして、タンジェで忘れられないのが――
丘の上の野外カフェで飲むミントティー。
ジブラルタル海峡に広がる青い地中海(正確には大西洋かな?)。
白い街並みと青い空、そのコントラストは息をのむほど美しく、一杯のミントティーが、永遠の記憶に変わりました。
スークの雑踏、メディナの細い路地、フランスの香りを残すカフェのクロワッサン。
あの街には、五感のすべてを刺激する魔法がありました。

世界は“お気に入りの街”でできている
気づけば長い旅を重ねてきましたが、心の奥に鮮やかに残っているのは、やはりこの二つの街。
プラハとタンジェ。
時を経ても、その印象は色あせることなく、いまも私の中でワンツーフィニッシュを保っています。
みなさんは、どの国、どの街がお好きですか?
風景がいい、食べ物がいい、人がいい、香りがいい──
好きな理由はそれぞれでも、
心に残る「とっておきの街」がきっとあるはずです。
