今回はちょっと一息、むかし話にお付き合いください。
なぜかしら近ごろ昭和のフォークソングを聴く機会が増え、ふとした機会に子どもの頃に家にあったレコードのことを思い出しました。
その時はタイトルは曖昧でしたが、よく調べてみると「ニュー・フォーク大百科事典」という三枚組のLPだったことがわかりました。
小学校高学年の頃によくもまあこんな大人向けのレコードを聴いていたものだと思います。
今あらためて収録曲を見てみると、ジローズ、トワ・エ・モワ、フォーク・クルセダーズ、そこから派生した加藤和彦、北山修、はしだのりひこ、さらには遠藤賢司、浅川マキ、そして後にアリスとして全国区になる谷村新司のロック・キャンディーズまで入っていました。
当時の私は何も気づいていませんでしたが、いま見返せば、このアルバムには「フォーク」が大きく変化する直前の空気”が詰まっていたように感じます。
静かなフォークから始まった時代
昭和40年代後半、日本では静かなフォークが広がっていました。
サイモン&ガーファンクルに代表されるような、整ったメロディと優しい歌声が受け入れられやすく、喫茶店や学生寮の片隅でギターが鳴る、そんな時代でした。
海外ではロックが主流に向かい、フォークも政治性や攻撃性を帯びていましたが、
日本ではまだ“穏やかなフォーク”が中心で、社会の揺れと距離を保ちながら広がっていきました。
京都や大阪では、フォーク・クルセダーズや赤い鳥など、地域特有の動きがみられました。
ただし、この頃はまだ全国的な大きな流れになるには至っていなかったと思います。
吉田拓郎の登場と、フォークの全国化
状況が大きく変わるのは、吉田拓郎が出てくる1970年前後です。
それまでの静かなフォークとは違い、個人の言葉を前面に出し、バンド編成を取り入れた音作りが当時としては新鮮でした。
テレビやラジオ、深夜番組、レコード店など、メディア環境も整ってきたことで、
拓郎の音楽は全国に広がり、フォークが“若者文化の中心”として扱われるきっかけになったのではないかと。
同じフォークというジャンルでも、静かな弾き語りの時代から、拓郎によって一段階強い表現へと進んだことが、世代の音楽体験として大きなインパクトを持っていたと思います。
個々のアーティストがジャンルの幅を広げた時期
1970年代前半には、井上陽水やかぐや姫が登場し、フォークの方向性は急速に広がっていきます。
陽水は抽象的な言葉や独特の世界観を持ち込み、フォークを“内面を映す音楽”として次の段階へ進めました。
かぐや姫は等身大の生活や人間関係を描き、当時の若者の身近さに寄り添う音楽を展開しています。
同時期、関西ではブルースバンドが結成されはじめ、フォークとは異なる“演奏主体の音楽”が若者文化として広がりました。
上田正樹らが中心となったこの動きは、フォーク隆盛から少し遅れて始まり、日本の音楽が複数の方向へ分岐していく兆しになったと感じました。
フォークが世代に与えた影響
フォークは、当時の若者にとって「自分の気持ちを言葉にするための手段」のような存在でした。
特別な技術がなくてもギター一本あれば同じ曲が弾けたため、音楽を生活の一部として取り込むことができたのも大きかったと思います。
ラジオから流れるフォークは、日常の延長にありながら、自分の気持ちを整理する時間を与えてくれるものでもありました。
同じ曲を誰もが知っているという状況が、“世代の共通言語”としてのフォークを形づくったのでしょう。
今あらためてフォークを聴く
最近、フォーク世代と思われる方々が、ライブ会場で実に楽しそうに身体を揺らしているのをよく見かけます。
日常とは少し違うリラックスした表情で、昔の曲に合わせて声を出している姿を見ると、音楽が記憶と気持ちをつなぐ働きを持っていることがよくわかります。
フォークは、当時の社会の空気や生活の感覚がそのまま曲の背景になっているため、
今聴くと、若い頃には気づかなかった意味が見えてくることがあります。
それが、照れくささではなく、自然な懐かしさとして残っているのがフォークの特徴だと思います。
私自身にとっても昭和フォークを聴くことは、単なる懐古ではなく、その時代の空気を静かに確認する行為に近いものになりつつあります。
みなさんはいかがでしょうか?
